独り言オジサンのおつかいについて行ってみた

独り言オジサンのおつかいについて行ってみた

2020年7月2日

スーパーのエレベーターホールの壁に、
そのスーパーのチラシ広告が
貼られていることがある。

大概、スーパーに行く前から
晩御飯を決めている私は、
そういった広告をあまり凝視しないのだが、
先日、エレベーターが来るのを待っていると、
広告を食い入るように見つめる初老のオジサンがいた。

そのオジサンは、独り言が出てしまうタイプの方(私もそうである)で、
広告を見ながら、割と大きな声ででこう言った。

「土用の丑かぁ…」

私もチラシに目をやると、

“土用の丑”

“第二の丑”

という文言と、おいしそうなウナギの写真があった。
(2020年のように、土用の期間に十二支カレンダーの丑ターンの日が2日あると、“第二の丑”の日が出現するらしい。)

「土用の丑…第二の丑…ウナギかぁ…」

そうである。ウナギである。

そのオジサンと二人で
エレベーターに乗り、
しばし沈黙の時間が続いたが、
エレベーターを降りたところで
またチラシ広告が貼ってあった。

「んーウナギかぁ…」

ウナギである。

「土用の丑の日…」

私には一つ気掛かりなことがあった。

このオジサンの
“土用”の発音が完全に
“土曜”なのである。
“硫黄”ではなく、
“魔王”なのである。

字は読めているし、
ウナギと言っているので
大丈夫だとは思うが、
万分の可能性で、
土曜の牛を買ってしまうかもしれない。

今日は水曜日だが、
サタデービーフを買ってしまうかもしれない。

私はこのオジサンのおつかいが気になって、
少しついていくことにしてみた。
これはストーカーではない。
オジサンが無事にウナギを購入するところを
見届けるだけである。

途中、オジサンは野菜コーナーに寄り道し、
ブロッコリースプラウトの前で止まった。

「ブロッコリー…かぁ…」

ブロッコリーではない。

ブロッコリースプラウトは
ブロッコリーの幼芽なので、
シラスとカタクチイワシ程度には違う。
忍野忍とキスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレード程度には違う。 
(物語シリーズをご存じない方はご容赦頂きたい。)

オジサンにツッコミたいが、
私はそこまでの社交性は持ち合わせていないので、
黙って見守っていた。 

オジサンの独り言はまあまあ大きいので、
私は少し離れてベビーリーフを
眺めるフリをしていた。

オジサンは結局、
ブロッコリースプラウトは棚に戻し、
本命のお魚コーナーへ向かった。
まずは、牛肉コーナーに行かなくてよかった。

そして思いの外、
オジサンは早々にウナギゾーンに到達した。

オジサンの目は、水晶というより曇りガラスで、
あれだけ散々言っていたウナギを前にしても、
目の色はさして変わらない。

きっと人生苦労してきたのだろう。

「ウナギだなぁ…」

ウナギである。

長短さまざまなウナギが並んでいた。
価格もさまざまで、
まさに“土用の丑の日”フェアである。

するとすぐに、
オジサンは商品に手を伸ばし、
1パックを手に取った。

「ウナギだなぁ…」

それはアナゴである。

オジサン、よく見てくれ。

それは
「うなぎ屋さんが作った穴子の蒲焼」
である。

もっとも、オジサンは悪くない。

ウナギ アナゴ ウナギ ウナギ

の並びで陳列されて、
「うなぎ屋さんが作った…」
というキャッチフレーズがあれば、
ウナギと勘違いするのもやむを得ない。

だが、

“うなぎ屋さんが作った”は連体修飾節であって、
“穴子”という名詞の修飾語である。
つまり、アナゴである。
日本語は最後までよく読まなければならない。

「オジサン、それアナゴですよ」

などと言える社交性は
やはり持ち合わせていないので、
結局オジサンは右手に鷲掴みした
「うなぎ屋さんが作った穴子の蒲焼」
を買っていった。

オジサンの行方は、誰も知らない。