私が男子校に通うことになった悲しい事情

私が男子校に通うことになった悲しい事情

2020年7月10日

私は、中学・高校を私立の男子校で育った。

…まぁ聞いてほしい。
「へぇ、お金持ちっすネ」とか、
「親の受験戦争に巻き込まれたカワイソウな子っすネ」
とか思わないで聞いてほしい。

どちらでもない。
これには深いワケがあるのだ。

私が男子校に行く決意をしたきっかけは、
小学校6年生の鎌倉見学である。

鎌倉見学は、4~5人のグループで
1日行動を共にする。
高徳院(例の大仏のあるお寺)からスタートし、
鶴岡八幡宮がゴールなのだが、
その途中どこに寄るのかはグループの自由で、
事前にグループで話し合って決めるのだった。

さて、そのグループ作りだが、学活の時間に
「まずはクラス内で2人のペアを作ってください」
と先生から指示を受けた。
私は迷わず、学校で一番仲の良かった竹馬の友
(以下竹馬)とペアになった。

次に、鎌倉の略地図が配られた。
その地図を見て、
ペアで理想の見学ルートを決めろと言われたのだが、
皆が長谷寺だの円覚寺だの言っているそばで、
私と竹馬は同じ場所に惹かれた。

「「この極楽寺って行きたくね?」」

小学6年男子にとって、
この寺のネーミングセンスは抜群である。
極楽の寺だと?
何がどう極楽なのか、気になって仕方ない。
さらに、

「「この銭洗弁財天って行きたくね?」」

ぜにあらい、だと?
洗うの?お金を?
どんな場所なのだ!?
これも気になって仕方ない。
あと、“隠れイチョウ”も気になるが、
ゴール地点の鶴岡八幡宮にあるから確実に見れる。よし。
こうして、2人の夢が詰まった鎌倉散策ルートが提出された。

その後、先生が各ペアのルートを見て、
似たルートの男女ペア同士をグループにする、
という流れだったのだが、
グループが発表されたとき、
私と竹馬は絶望の淵に叩き落された。
スクールカースト頂点の女子ペアと同じグループだったのである。

「君たちは特殊なルートを希望したペア同士なんだよね」

先生は言った。要は余り者同士である。

「だから、よく話し合ってルートを決めてね」

はい?
先生、何言ってんだ?
相手が誰だか分かっているのか?
ヒエラルキーの頂点ぞ?

成績トップ、クラスを掌握、日常的に上から目線の
エカチェリーナ2世とマリア・テレジアのような女帝コンビに、
われわれ平民が話し合いなどできるわけがない。

案の定、
私たちの夢が詰まったルートマップを見せると、

「極楽寺?は?
アナタたち鎌倉知らないでしょ?
名前だけでルート決めるとか浅いんですけど。
鎌倉の歴史とか勉強してないんだ
ね。
鎌倉にはお寺なんてたくさんあるけど、
お寺にも格があるのよ?
私たちはそういうことも考えて
鎌倉の歴史や文化を感じられるところをルートに選んでるの」

若干発言をデフォルメしているが、
発言の要旨に変わりはない。
大人の私が見てもドン引くモンスターガールズである。

このような知識マウント弁舌に勝てる訳もなく、
銭洗弁財天以外は女帝の勅命に従うほかなくルートが決まった。
(銭洗弁財天も譲ってくれたわけではない。
たまたま向こうもルートに入れていただけである。)

ちなみに、グループ名は
「The 奇遇」に決まった。
いや、勝手に決められた。
当時の私が“奇遇”なんて高等単語を知る訳がなかろう!


大きく異なるルートを希望したのに
同じグループなんて奇遇!というのが由来らしい。
今このグループ名を見るとなんだか脳がかゆくなる。
勉強のできる小学生が覚えたての熟語を
使いたくなってつけた名前にしか見えない。
まあそう考えると、大人から見れば女帝もかわいいものである。

さて、鎌倉見学当日。 

スタート地点の大仏を背に、
最初に向かったのは長谷寺である。

女帝たち曰く、長谷寺を選んだ理由は、
“日本でも有数のアジサイの名所だから”らしい。

「オバサンかよ」
とか言うとエカチェリーナ2世によって
即刻シベリア送りになるので、
黙ってアジサイを眺めていたが、
残念ながら男子小学生にアジサイの趣など理解できないので、
退屈しながらアジサイにナメクジがいないか探した。

長谷寺を出た「The 奇遇」が次に向かったのは、
忘れもしない鎌倉文学館である。

「鎌倉文学館に行くなんて、きっと私たちだけよ!
文化的っ!!!私たち!!!」

このエカチェリーナ2世の発言は、
特にデフォルメしていない。
とにかく頭イイアピールがしたくて仕方のない
この子の発言が、なぜか一言半句忘れられないのだ。
今思うと、勉強ができるというステータスが
エカチェリーナ2世の心の拠り所だったのかもしれない。
(マリア・テレジアの方が学業成績が良かったが、ひけらかすタイプではなかった。
エカチェリーナ2世といると増長して手に負えないし
言葉はキツいマリア・テレジアだったが、
1人でいるとただのツンデレ系女の子だった。)

中に入ると、夏目漱石が逝去したときに顔の形を取り保存したもの、
いわゆるデスマスクが置いてあった。

きっと、今それを観たら感慨に浸るであろう。
高校の授業で『こころ』を読んでどよーんとなったし、
『三四郎』『門』『虞美人草』『吾輩は猫である』…
多くの漱石作品に触れた。
最初は読みにくかった漱石の文体にも慣れ親しんだ今なら、
日本が生んだ文豪中の文豪がどんな顔で逝ったのか、
好奇心がくすぐられし、その顔をしばらく見て色々な思いに耽るだろう。

だが、当時の私にとっては、
所詮は千円札の人の死んだ顔である。

ピンとこない。
千円札の人の死んだ顔を覗いても、
何も空から降ってこないし、
何も内から湧き上がってこないのだ。

「キミドリア君、鎌倉文学館の感想は?」
鎌倉文学館を出たあと、エカチェリーナ2世が訊いてきた。

「んー夏目漱石のデスマスクが、おーって感じだった」

「え、なにその感想?うすっ。
まあでもあの中じゃ夏目漱石くらいしか分からないか。」

再び知識マウントを取られていく。


帰りたい。


私は大仏を見に来たんだ。
お金が洗える神社を見に来たんだ。
“隠れイチョウ”を見に来たんだ。


死人の顔を拝みに来たかった訳ではない。
自分のマンションでも咲いているアジサイを
わざわざ背中で手を組んで眺めに来たかった訳でもない。
そして何より、陛下のサンドバッグになるために鎌倉に来た訳でもない。

この女帝たち(ほぼエカチェリーナ2世)は、
とにかく自分の嗜好や価値観の外側にあるものを認めない。
自分の感性から外れたものを見かけると、
嵩にかかって多弁でまくし立ててくるのだ。

そのあとも、銭洗弁財天で私が10円玉を取り出すと、


「はぁ?普通こういうときは5円玉でしょ。
ご縁がありますようにっていう願掛け。分かる?」


この啓蒙専制君主の口を止めるべく、
「誤嚥がありますように」
とでも弁財天に願えばよかったが、
当然“誤嚥”なんて言葉も当時は知らなかったので、
もじもじしながら5円玉を洗った。

さらに、甘味処でアイスが売っていたので、
私が雪見だいふくを買うと、

「雪見だいふくー?ないわー。
今はクーリッシュでしょ。
男子って流行りとか分からないの?」


と言われた。
当時クーリッシュは発売されたばかりで、
たしかに流行りではあったが、
こんな言い方をしなくても…

旅の終盤、元気がなくなってきた。
もう何も言わない。
何もしない。
そうすれば、口撃が来ない。
ゴール地点に着いた頃には、
私も竹馬も無口になっていた。


「あれが隠れイチョウだよ」

と先生の説明を受け、
少し光を取り戻した目でその方を向いたら、
大きなイチョウの木があった。
私は“隠れイチョウ”とは、“隠れミッキー”のように
小さくてなかなか見つからない、隠れたイチョウだと思っていた。
だから、イースターのように“隠れイチョウ”を探すことを楽しみにしていたのに、
逃げも隠れもしない堂々たる大樹を見て、
何かを奪われた気がしてちょっと悲しくなってしまった。

「“隠れイチョウ”ってなんで“隠れ”なんだろう?」
竹馬に訊いたのに、エカチェリーナ2世が割って入ってきた。

「え、知らないの?
鎌倉幕府3代将軍源実朝を暗殺するために、
2代将軍源義家の息子、公暁が
隠れていたイチョウだからよ」

喋ってしまったせいで、
余計なダメージを食らってしまい、
オーバーキルで家路についた。

「鎌倉どうだった~?」
帰宅すると母親が私に訊いてきた。

「いや…もう…女子が嫌になった」


あくまで女帝2人に嫌気が差しただけだが、
心がズタズタにされた私は加害者を脳内で女の子一般に拡大させていた。

「女子は…嫌なこと言ってくる…
男子同士の方が、楽しい…」

私は言葉を絞り出した。
今これを書いていてジェンダー的にどうなんだろう、とも思うが、
当時ジェンダーも知らなかった心がボロボロの
小学生男子の発言なので、ここは目をつむっていただきたい。

「中学生になったら、男子校に行きたい。」

その日、私は母に力のない声でそう言った。

かの女帝たちには、小学校卒業以来会っていない。
今、彼女たちに会ったら、
この日のことを何と言うだろうか?
そもそも覚えているだろうか?
お互い大人になった今なら、分かり合えるだろうか?

「クーリッシュも雪見だいふくも大して変わんねぇじゃねーか!」

居酒屋でジョッキを片手に
私がそうツッコんで女帝たちが笑ってくれる世界線を、
ちょっと見てみたい気もする。