新入社員はつらいよ 前編

新入社員はつらいよ 前編

2020年7月25日

私は以前とある学習塾で働いていた。
その学習塾では、
夏休みになると小学生向けにとあるイベントを行うのだが、
このイベントがまぁ大変なのだ。

簡単に言うと、自然体験教室で、
1日生徒をお預かりして、海辺の公園に行く。
自然にたくさん触れることで、
子どもたちの事物への関心を促し、
少しでも前向きに勉強をできるようにする。
そういった目的で開催される。

と上司からは聞いていた。

あとでそれがウソだと分かるのだが、
何がどうウソなのかは後程述べよう。

このイベントは8月の猛暑日に行われるので、
暑がりの私は参加するつもりがなかった。


「いや仕事でしょ」
と思われる方もいらっしゃるかもしれないが、
そもそもこのイベントは社員の休日に行われる。


そう、このイベントスタッフは有志なのだ!!
(さすがに参加をすれば振替休日はもらえるが。)

志が有ると書いて“有志”なのだから、
このイベントに対して志ゼロの私は参加しなくても良いはずなのだが、
ご存じの通り日本社会には
“上下関係”というものと、
“同調圧力”というものがのっぺりと充満している。

「あのイベントって、1年目の社員たちがすごい頑張るんだよね~!」
と先輩が入社1年目の私を参加へと水路づけてくるし、
同期も
「なんか1年目は参加しないといけないらしいから、みんな我慢して頑張ろう!」
とか戦時中みたいなことを言ってくる始末である。

参加する旨を部長にメールした次の日、
部長から会社全体へメールが飛んだ。

「実にたくさんの有志、ありがとうございました。
あまりにもたくさんの参加希望をいただいたので、
断腸の思いで数人の方(ベテラン)には参加を見送らせていただく形となりました。」

部長!!
全体研修のときわざとイケボを使う部長!!
あなたとwin-winの、参加を見送りたいという点では有志の人間がここにいますよ!!

私の心の声は部長に届くはずもなく、
仕方なく私はこのイベントスタッフの志無き有志となった。

さて、このイベントの大変さを述べていこう。

まず、子どもたちが横浜駅に集合し、
子ども20人につきスタッフ1人で電車に乗り目的地の公園へ向かう。
皆さん、大勢の小学生が横浜駅に集合するとどうなるかお分かりだろうか?

カオスである。

ただでさえ通勤にイライラした速足のサラリーマンたちが大量に行きかうのに、
電車通勤のマナーを超越した神、“お子様”が
神奈川屈指のターミナル駅の中心を陣取るのだ。

いや、現地集合にしろよ。

とか思っているヒマすらない。
しかも、残念ながら基本的に自分の教室の生徒ではないので、
受け持つ子どもたちとは面識がない。
「端に寄って!!こっちに集まって!!
あっ!PASMOを手裏剣にしないで!!」
お初にお目にかかりますお子様たちに、てんやわんやである。

さて、横浜駅の集合時間も無論決まっているが、
目的地への集合時間も決まっていて、
目的地の公園には例の部長などのエラい人たちが待機しているので、
遅れるわけにはいかない。


いや、現地集合にしろよ。

私は20人の小学生とともに、
京急線の最後尾の車両に乗った。

電車の中でも気は休まらない。
少し目を離すと、路線図を見ながら
「追浜(おっぱま)とか言ってるーウワー〇〇エロいー!」
と小学生が小学生みたいなことを大きな声でしゃべり始めたり、
吊革ターザンをやって前の人の膝に靴をゴンっ!とかやったりするので、
20人が奇行に走らないように目を光らせなければならない。

ただでさえハンパなくタイトなスケジュールなのに、
遅刻者対応などで色々とまごついてしまい出発が遅れたので、
時短のため横浜駅では特快に乗った。
だが、目的地の駅は各駅停車しか停まらないので、
手前の駅で一旦降りて、
あとから来る各駅停車に乗り換えることにした。

「次の金沢文庫駅で1回降りるからね!
次の金沢文庫駅で!!!1回降りるからね!!!」

と車内で20人に念を押しまくっていたので、
無事に下車し、次の電車を待っていた。

よかったよかった。ちゃんと20人いる。
あとは次の電車に乗ればもう勝ちだ。

そして、次の電車がホームに侵入してきた。
だが、衝撃的なことに、
私たちの前を各停の電車が通過したのだ。

私は一瞬混乱した後、
30メートルほど先で停車した電車を見て、自らの過ちに気づいた。
京急線は、どうやら12両のパターンと8両のパターンがあるらしく、
つまるところさっきよりも4両短いやつが来たのだ。

どうする?キミドリアどうする?

先程まで最後尾の車両に乗っていたので、
この電車に乗るには結構な距離を走らなければならない。
走力的に大人の私ひとりなら問題ないが、
小学生が20人いるのだ。
今から無理に乗ろうとして、
乗り遅れる子がいたらどうする?
管理者は私ひとり。
安全上、この20人が分断されることは許されない。

ではこの電車は見送るか?
いや、この電車を逃せば、
目的地の公園には時間内にたどり着かない。
時間にうるさいあのヒゲヅラの部長が、
不機嫌になること間違いなしだ。
灼熱の太陽の下お説教なんて御免だ。


だが、私が怒られてでもリスクヘッジすべきなのではないか?
今すぐに決断しなければならない。
どうする?どうする?

「はっ……走れーーーー!」


私は電車に向かって走りながら、
自らの保身に走った。
私の切迫した決断もつゆ知らず、
子どもたちは案外楽しそうに
「ワ―――――――♪」
と言いながらにこやかに走っていた。

結局、車掌さんが
憐憫の情を持ってくれていたので、
ちゃんと20人が乗ったあとにドアを閉めてくれた。

いやだから、現地集合にしろよ。

(後編へ続く)