新入社員はつらいよ 後編

新入社員はつらいよ 後編

2020年8月4日

【前編のあらすじ】
自然体験教室に子どもたちを連れて行くために横浜駅から京急線に乗り、
死闘の末、目的地の最寄り駅に着いた。

自然体験教室の現場である公園は、駅から歩いて15分ほどであった。
私のグループは集合時間内に無事到着し、
部長に到着報告をした。

「○○校キミドリです。△班20名、到着いたしました」

「おっ、お疲れさま!
いつも通り集合に遅れるグループもあるから、少し待機しててね」

あれ?遅れる班もあるのか。
というかいつも通りってなんだよ?ワタシ新卒ぞ?
部長全然怒ってなさそうだし、
駅のホームで激走した意味あったか?

ともかく無事に現地に到着した訳だが、
待機中にあたりを見渡していると、
私の頭の中で様々な疑問が湧き始めた。

え?自然体験教室だよね?
「海の潮風公園」みたいな名前のところで自然を感じるんだよね?

海は?

いや、たしかに海はあるよ?見える見える。
でもここ砂浜じゃないよね?
全面コンクリートの公園だよね?

100メートルくらい先に手すりが見えるけど、
あの下が海なんでしょ?
絶壁だよねあの手すりのところ?
「海に来ました」よりも
「港に来ました」の方が近いよね?

苦労してたどり着いた自然体験教室の現場は、
みなとみらいの山下公園のような
「ただ海に近いだけの人工的な公園」であって、
自然のある場所ではなく、
自然を破壊して作った場所なのであった。

「いいですかみなさん!
海の方は危ないので、手すりの近くは行かないでくださいね!

ついにこのイベントのリーダーである上役
(私はカタカナさんと呼んでいた)が
拡声器で企画破壊のようなことを叫びだしたので、
私の疑念はさらに深まった。

自然体験教室なんてウソじゃないか…?
自然体験教室じゃないか…?

同期によると、
終日この公園から特に移動などはしないようなので、
海で遊ぶ、ということはなさそうである。

では、どのように自然体験をするのだろう?

「それでは、まず最初のイベントを始めたいと思います!
海に関する〇×クイズ大会でーす!!」

海に関する〇×クイズ大会というのは
内容が海なだけで目の前の海はガン無視である。

自然体験どこいったんだよ。

子どもたちからも、
「え?クイズやるの?」
というような空気が漂ってくる中、
そんな空気にはお構いなしに、
「いまからクイズのやり方をデモンストレーションしますので、見ててくださいね!」
とカタカナさんが元気よくやり始めた。


いくらカタカナ好きだからって、小学生低学年もいるのに
デモンストレーションなんて言葉の使い方はないだろう、とか思いながら、
「はいみんなー!聞いておくんだよ~♪」
と私は社会人としての義務を果たしていた。

猛暑日に海の近くまで来て〇×クイズとは
ずいぶんと子どもをナメた企画だな、と思っていたが、
これで終わりではない。
カタカナさんによれば、クイズが終わったあと、
「フォトフレーム」班と、
「ウォーターガン」班と、
「マグネットフィッシング」班とに分かれて
それぞれのイベントをローテーションしていくと言うのだ。

通訳すると、
「写真たてづくり」班と、
「水鉄砲遊び」班と、
「エセ魚釣り」班である。

だから自然体験どこいったんだよ。

写真たてづくりは、
こちらが用意した貝殻を枠にボンドで貼るという
申し訳程度の海要素しかないし、
水鉄砲は人工物の塊だし、
磁石でのペーパー魚釣りについてはコメントを書く気も起らない。

さて、散々文句を並べたが、
現実は甘くないので、
私にはたくさんの仕事がのしかかってくる。

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁあ!おにいぃぃぃちゃんがぶったああああ!!」

と泣き叫ぶ兄弟のケンカを仲裁しないといけないし、

「せんせー!フォートナイト知ってるーー!?」

とか言いながら水鉄砲でヘッドショットをしてくる子たちを
楽しませるためにリアクションを取らないといけない。

おまけに、私を執事だと思っているのか、
水筒を持ってきて

「水。」

とのたまう子まで出てくる。
実際のところ、猛暑日に加えコンクリートからの照り返しもあり、
子どもたちが持参した水筒はすぐにカラになっていた。
私は水不足のお子様たちに、
テントに備え付けてあったダース単位の2ℓペットボトルの水を配給していたが、
それもすぐに尽きてしまった。

そしてそのタイミングで、
熱中症気味の子が私のいたテントに休みに来た。
その子の水筒もカラだったので、
すぐ近くのテントのスタッフに水がないか訊いたが、
同様に水は既に売り切れていた。

熱中症は対応のスピードが重要で、
後手に回れば深刻な状況になってしまうのは分かっていたので、
すぐに部長たちのいる本部テントに行こうとした。

そのとき、同期の男子が声をかけてきた。

「キミドリ!キミドリ!」

おっ、水を調達してきてくれたのか?

「さっきね!たまたまなんだけど!
○○さんがしゃがんでるときに
シャツがたるんでて、

隙間から…おっぱい見えた!!」

ダメだこいつは。

同期が緊急事態のときに
先輩社員の谷間に嬉々としてるヤツは、
行きの電車でふざけてたあの男の子と一緒に
煩悩の神マーラにでも追浜(おっぱま)に連れ去られればいい。

結局私はひとりで本部へ行き、
不機嫌そうにお昼ごはんであるBBQの肉を焼いていた教務課長に、
お水を手配してもらった。

お昼ご飯を食べたあと、
さすがにメインイベントなるものがあるのだろうと2ミリくらいは期待していた。

ちなみに、ここまでの話でお分かりだとは思うが、
私はこのイベントの企画内容を知らない。

事前に配布された企画書には目を通していたが、
諸事情に企画内容が大きく変わったと到着時にカタカナさんに言われたのだ。

だから、お昼の後スタッフが集められたときには、
カタカナさんが何を言い出すのか分かっていなかった。

「さて、午後ですが、
このまま各グループのワーク(さっきのやつ)で
まだ終わっていないものをやってください!」

え?まだやるの?

「一方で、暑さで子どもたちも疲れてきています。

そこで、各グループ順番に、
あそこのショッピングモールに行って、
涼みながら子どもたちの好きなジュースを

1本ずつ買ってきてあげてください!」

いやだから、自然体験どこいったんだよ。

午前中からの内容を総合すると、
家族で公園に遊びに来たのと大して変わらない。

そして、最大のポイントは、
この内容ならばわざわざ海辺に来なくてもよい、という点である。
改めて、必死に電車の乗り換えをしたのはなんだったのだ。

結局、自然に1ミリも触れることなく
自然体験教室は終了した。

こういった一言では言い表せない1日に対する
心のやり場は酒場である。

私は同じような不満を抱いていた同期と、
千鳥足になるまで酒を飲み、
次の日しっかりと日射病を患った。

すっかり、太陽という自然に触れていたことを忘れていた。