後輩に布教された話

後輩に布教された話

2020年8月16日

「あのぅ、ちょっとフキョウなんですけど…」

神妙に、後輩がウエストポーチに手を入れながら、そう言ってきた。

先日、私の家で現代っ子らしく夜中まで
後輩たちと3人でワイワイゲームをしていた。

お開きになって片づけをしているときに、
後輩のひとりが神妙に、そしてモジモジしながら言ってきたのだ。

「あのう、ちょっとフキョウなんですけど…」


私は“フキョウ”という言葉を
頭の中で上手に変換処理できず、
4秒程固まったのだが、
以下はその約4秒間の頭の中を解説したものである。

日常会話において、同音異義語の多い日本語を
使う私たちは相手の言葉を脳内で変換しているが、
この脳内変換は基本的に状況依存的である。

先程までサッカーゲームでPKだのオフサイドだの騒いでいた流れで、
“フキョウ”という文脈にない単語が颯爽と登場したのだ。
私の頭がコンパイルエラーを起こすのは致し方ない。

フキョウ?
フキョウって?

私が思いついたのは、
“不況”“布教”である。

「あのぅ、ちょっと不況なんですけど…」か?

たしかに、目視できないウィルスによって
現在世界中が未曽有の大不況を迎えている。

だからって、切り出す言葉として
「あのぅ、ちょっと不況なんですけど…」
なんて後輩が使うか?

「せんぱーい!知ってる?
今世の中は不況なんです不況!

分かります?経済が不活発ってことです!」

みたいなティーチングプレイをしてくるか?

さらに言えば、
「あのぅ、ちょっと不況なんですけど…」
と言いながらウエストポーチに手を入れたら、
そこから何が出てくるのだ?

通帳か?借用書か?
転職を考えた上での、業界見取り図の類の本か?

いやいや、彼の会社は今回の件でそこまで打撃を受けていないはずだし、
そもそも人生がアディショナルタイムまで追い込まれている人が、
他人の家へのんびりサッカーゲームなどしに来るはずもない。
選手交代以外に頭を悩ませるべきことがあるはずである。

では、
「あのぅ、ちょっと布教なんですけど…」か?

今まで多種多様な
宗教勧誘を受けてきたが、
後輩から勧められるケースは初めてだぞ。

いや、まてまてまて。


「あのぅ、ちょっと布教なんですけど…」

と聞いて組織的な新興宗教への勧誘と考えること自体が極めて近現代的なのだ。

彼が教祖というパターンもあり得るではないか。
そう、これは宗教勧誘ではなく、
“伝道”なのかもしれないのだ。

教祖様に謁見し直々に伝道を受けるとは
なんと貴重な機会であろうか。

きっとウェストポーチからは
直筆の教典が出てくるに違いない。
それを紐解けば、
宇宙がどうとか、
奇跡がどうとか、
詳らかに記されているのだ。

ただ、


「奇跡など観測と体系化が不十分ゆえの錯覚、
言うなれば、素晴らしき勘違いです」

『幼女戦記』

というターニャ・フォン・デグレチャフ少佐の
考えを支持する私を、どうお導きされるのだろうか?

そうやって頭を巡らせていると、
彼がウエストポーチから取り出したのは、
薄い四角の物体であった。

「実は僕…TK from 凛として時雨の大ファンでして…
一緒にライブ行ってくれる人を探してるんですよ。
これ初回生産限定版のアルバムなんです。
ぜひ聴いてください」

なるほど。
“自分が良いと思うものを教え勧めること”も、
“布教”という表現を使うよな。

私は2枚組CDにしては重厚な
初回生産限定盤アルバムを受け取りながら、
頭の中の5%で
“布教”
という言葉の射程の広さに感心しつつ、
残りの95%で
教典や借用書などの
“ややこしいもの”が出てこなくてよかったと安堵した。

“フキョウ”という言葉ひとつで、
ウエストポーチから出てくるものが何なのか、
ここまでにぎやかな妄想ができるのである。
“不況”“布教”で悩んだが、
どうやら私の脳は“不興”には悩まされていなかったようである。