タラちゃんが焼かれるその前に

タラちゃんが焼かれるその前に

とある仕事の付き合いの昼食のことである。

私は上司に付き添って
社外の取引先(複数)のおエラいさんと
お魚さんを食べる運びとなった。

私は平成生まれであるが、
私以外の5人はみな50代だった。
私はゆとりで、皆はバブルである。

幸い、我々も“お客様”側だったので、
あれやこれやと下僕のように働く必要はなかったし、
私はあくまで上司のコバンザメポジションだったので、
そのお食事会で司会などをする必要、
カタカナで言うと
イニシアティブをとってファシリテーションをする必要もなかった。

おエラいさんの話に相槌を打ってさえいれば、
あとは焼いたタラちゃんを食べればいいだけである。

さて、オジさんは若者にご飯を食わせたがるので、
銀鱈定食を注文するときに、
「キミドリアさん、若いんだからご飯大盛いきなよ!」
とバブルのひとりが煽ってきた。

ここでの遠慮はむしろ失礼にあたると判断し、
「いいんですかぁ!?」
と喜んだふりをしてご飯大盛のタラちゃん定食を注文した。

しばらくしてタラちゃんが焼き上がり
私だけ大盛のご飯が来たわけであるが、
目の前に現れたご飯は、
目を引くほどキレイなまん丸に盛られていた。

それを見た瞬間、私は思った。

これ人が死んだときのやつだよなぁ。

あまりに美しい盛り方だったので、
その刹那、思わず言葉が口をつきそうになった。

この茶碗に上から箸を刺せば、
完全に御霊前の枕飯である。

ただ単に盛り方が上手なだけなのか、
それとも焼いたタラちゃんとかふざけていた
私に死を警告しているのかは分からなかった。

ただ、こういった死にまつわる話を
気軽にテーブルに載せることは、
何か言うとすぐに叩かれる現代社会においては
控えなければならない。

こぼれそうになった言葉を飲み込み、
箸を手に取ろうとしたそのとき、
目の前のオジサンが言い放った。

「なんか死んだ人に供養するやつみたいだな!ハハッ!」

かっちりとした雰囲気だったのに、
私は思わず吹きだしてしまった。

言っちゃうのかよ。

ある人が必死に飲み込んだ言葉を、
別の人は臆面もなく口にする。

それが人間の面白いところである。