コニティワさんの話

コニティワさんの話

2021年1月17日

「汝の隣人を愛せよ

『新約聖書』

と教育された記憶はないが、
「隣人に会ったら挨拶くらいはしろ」
と親から言われて育った。

だから、私の住むマンションの住人に会えば挨拶はするし、
挨拶をすれば大抵挨拶が返ってくる。

コニティワさんもその一人である。

コニティワさんとは、私が挨拶をすると

「コニティワ」

と目を合わせず俯きながら挨拶を返してくれる中年のオバサンである。
名前は知らない。

アラレちゃんのようにレンズの大きな黒淵メガネをかけていて、
夜通しオンラインゲームをやっていたかのような疲れた目をしている。
そして、実験に失敗したフィネガン君のように髪はいつもボサボサである。

先日、朝ゴミ出しをしようと家を出たところ、エントランスでゴミを捨て終わって家へ戻るコニティワさんと鉢合わせた。

私はコニティワさんに

「おはようございます」

と挨拶をした。

すると、コニティワさんはいつもの挨拶をせずに、
今まで見せたことのないような俊敏な動きで私から後ずさった。

「いやいやワタシ衝撃波とか打たないっすよ」

と思ったが、私がゴミ捨て場に向かうために進路を左に切ると、
今度はそれにあわせて距離を取るために私を見ながら半円状に回避した。

「だからワタシ範囲攻撃とか持ってませんから」

と思ってコニティワさんをよく見たら、
ベージュのコートの襟を握りしめ、口に当てている。
そして、マスクはしていない。
(私は一応マスクをしていた。)

ん?ん?…あ。

コニティワさん、どっちだ?
それはどっちだ?

“どっち”というのは、

①コニティワさん自身がマスクをしていないので、私が「おいマスクしろよ」みたいにならないために気を遣って距離を取っている
②私をウィルス扱いしていて自分が感染しないように距離を取っている

①のパターンで考えると、
まず私個人は相手がマスクをしているか否かをあまり気にしていない。
ただ、そんな私個人の価値観をコニティワさんは知る由もないので、
とりあえず軋轢が起きないように距離を取ったのだろう。

だが、コニティワさんが喋らない限り、
コニティワさんが

「コニティワ」

と言わない限りマスクの有無は特に問題にならないはずなので、
私が挨拶をしても
コニティワさんは会釈をすればいい話である。

それに、①のような気を遣う人が、そんなあからさまに後ずさって私が

ん?ん?

となってしまうような状況を作るだろうか?
わだかまりのないような状況を作るために気を遣う人なら、
そんなあえて物議を醸すような行為はしないはずである。

そう考えると、①のパターンである確率はあまり高くないのではないか。

さすれば、②のパターンか。

コニティワさんもしかして、
マスクをしていないという理由によって、
この一瞬のランデブーですれ違い通信よろしくウィルスに感染すると思ってやしないかい?

私はウィルスについての専門家ではないが、
現在の新型コロナウィルスが蔓延する日本は、
T-ウィルスが蔓延する『バイオハザード』ほどのディストピアではないはずなので、
人と一瞬すれ違っただけでに不意に噛まれてゾンビになるとは思っていない。

だが、コニティワさんの目には、
私がコニティワさんの生命を脅かすクリーチャーに見えているのであろう。
必死に襟を口に当ててガードしている。


さっきまでゴミ袋を持っていた自身の手を、
鼻と口に非常に近いところまで持ってきているが、
コニティワさんにとってそんなことは些細な問題なのだ。

私がコニティワさんと別れゴミ捨て場に向かうとき、
振り向くと寒さと恐怖で丸まったコニティワさんの背中が見えた。

そんなに私とすれ違うのが怖いのか。
他人と接近する度に、日々おびえているのか。
人との接触を避け、家で孤独に過ごしているのだろうか。

そう思うと、その背中に哀愁を感じてしまい、
コニティワさんが見えなくなるまで、
私は立ち止まって彼女を見送った。

コニティワさんが何も気にせず

「コニティワ」

と言える世の中に、早くなってほしいものである。